1.はじめに
栗東町十里・寺田忠良氏(45才)とパートナー光江さんは、少量土壌培地耕栽培による観光イチゴ園(本年開園部分570u・全体1700u)を4月15日オープンした。5月31日までの期間中(実質開園日数30日)1500人の入園者を迎え、その内約250名が障害者(100名が車椅子障害者)であった。このイチゴ園の特徴は、車椅子等の障害者や老人が健常者と一緒にイチゴ狩りができるよう「バリアフリー化」したことである。滋賀県下60戸がイチゴの少量土壌培地耕を行っているがこのような例はない。全国的には一部を車椅子対応にしたイチゴ園が千葉県と岡山県にあるが、全体を車椅子対応にし「バリアフリー観光イチゴ園」と名づけたイチゴ園は日本初である。
2.バリアフリー化へのきっかけ
寺田氏からビニールハウス建設中に「この栽培方法なら車椅子でイチゴ狩りができるのでは?」と提案があった。私は「一緒に車椅子イチゴ園を検討してみよう。」と即答した。
このアイデアは、寺田氏の亡き母の車椅子介護経験(7年間)から生まれたものである。また、私が即答できた理由は、高島普及センター当時車椅子障害者の方と5年間仕事をした経験や現在、おうみ未来塾塾生(主催:淡海文化振興財団)としてボランティアリーダーとともに介護保険制度や障害者問題について学んでいたからである。
しかし、このアイデアは地元JAや役場・当普及センターの中でも「健常者に対して車椅子人口はわずかでありニーズがあるのか」「車椅子が一般客の妨げになるのでは」「イメージが悪くなるのでは」等々批判的な意見一色であった。
3.バリアフリー化に向けた改良点
@バリアフリーに向けて滋賀県立福祉用具センターの小西京子主任指導員(作業療法士)の指導を受け以下のような改良を行った。
A少量土壌ベットの通路幅を県栽培指針60〜65pから80pに広げた。(標準規格車椅子幅65pが通れるように)
B水平直管パイプを48pの位置に上げ、車椅子をベットに対して正面に向けて収穫できるようにした。
C車椅子がハウス内でターンできるようベットをハウスの中央で分割し140pの空間を設けた。
D事故を防止するため配管バルブをベットの内向きに設置した。
E地面の障害物をなくし全面シートを敷いた。
F配管パイプなど壊れる危険性のあるものはガードを設置し、注意を促すため赤色(白内障の方対応)塗装を行った。
Gハウス入り口にスロープを設置した。
H休憩用ベンチ(40p高)を随所に設置した。
I車椅子がスムーズに通れるよう通路を一方通行にした。 反面、この改良には約80万円/20e(身障者用レンタルトイレを含む)の経費が必要で従来の施設に比べ建設費が10%増加した。また、ベットを分割することや通路幅を拡大したことで植付株数が6%減少したことが問題であった。
4.PR活動
日本初「バリアフリーイチゴ園」の記者発表は、タイミングを充分に考え介護保険制度導入目前の今年2月25日におこなった。
その結果、タイムリーな話題で新聞やミニコミ紙等に大きく取り上げられた。特に、3月15日午後6時からのNHK「ニュースパーク関西」で生中継された以降は毎日のように問い合わせが殺到した。時には寺田氏宅へ10分おきに電話が鳴るほどの大反響であった。
当初、寺田氏は定植面積が少ないので来年まで記者発表を延ばしてはと反対であった。私は、「介護保険導入」と言う千載一遇のチャンスを逃すのかと説得した経緯もあった。
5.障害者の反応
4月26日(水)には大阪府高槻市の温心寮(障害者施設)より障害者30名が訪れた。みんな楽しそうにイチゴ狩りを行い問題なく障害者の受入ができた。
このツアーは「大阪朝日旅行サービス」が自社所有する障害者用大型バスを使って企画したもの。添乗員から「今後もびわこ博物館や琵琶湖観光とセットした障害者ツアーに利用したい。」との申し出があった。
また、寝たきり老人を移動式ベットで連れてこられた時のこと。その老人はイチゴを食べられずイチゴの実の方にやっと顔が向いたくらいであった。しかし、付き添いの家族は「おいしそうなイチゴがなっているね〜」などと一生懸命に話しかけられていた。そんな姿が印象的であった。
一方、農家に車椅子女性(20才)から感謝のFAXが届いた。「生まれて初めてのイチゴ狩りに感激しました。イチゴ狩りができるなんて夢のまた夢で不可能だと思っていました。今日夢のようなひとときを過ごさせていただきました。ほんとうにありがとうございました。」また、母親より「私達親の立場としては生きている間に何でもやらせてあげ又どこにでも連れて行ってやりたいと思っております。」これを見て私は、胸が熱くなった。12年間改良普及員をしていて最も感動した瞬間であった。
健常者にとってもイチゴ狩りは楽しいモノである。しかしながら車椅子の方がこんなに感激されるとは予想もできなかった。ふと、このイチゴ園が障害者や高齢者の「心のケア」や「機能回復訓練」の場として園芸療法にも利用できるのではないかと感じた。
6.バリアフリー化の効果
現在、障害者が利用できる観光施設は少ない。このイチゴ園は「バリアフリー」を全面に打ち出したことで障害者にとって気軽に来られる観光施設として受け入れられたと思われる。
また、平日には老人ホームや病院のデイケア・共同作業所などの入園が多かった。観光イチゴ園の場合、ウィークデーの入園者が少なくイチゴが過熟し処分することが多いが、このバリアフリー化はその解決策の1つとなった。
当初、「バリアフリー」をPRすることは障害者に対する偏見から「逆効果」との周囲の声も聞かれた。実際に開園したところそのような意識はほとんどなく、逆にイメージアップにつながり健常者の集客効果もあった。
7.成功の要因
@テレビ報道によるPR効果
京都や大阪からの入園者が非常に多かった。近畿ネットでテレビ中継されなければ考えられないことである。 また、以前から観光イチゴ園のある愛東町や志賀町からも入園者がチラホラあった。一般住民には地元のいちご園でも情報が十分に伝わらないこと、テレビ報道のPR効果の高さを改めて実感した。
A近隣の観光施設
このいちご園は、びわこ博物館へ車で10分、びわこわんわん王国まで30分・びわ湖岸にも近い位置である。 京都や大阪から栗東までイチゴ狩りにくる理由は近くにもう2〜3カ所観光施設があり1日遊べることが必要である。
B接客の良さ
寺田氏は、JAからのUターン就農である。JA時代から丁寧に対応され人気のある職員であった。そんな経験もあり入園者にも丁寧に接客されていた。 今回、入園者が予想を超えイチゴがなく休日に閉園してしまった。そんなとき怒っているお客に気持ち良く帰ってもらうことは大変なことである。しかし、ある入園者から「イチゴがないと5回断わられましたが、今日は初めて入園できました。」とお礼を頂いたとのエピソードもあった。
Cアクセス容易さ
このいちご園は、栗東インターを出て約5q(車で10分)4回交差点を折れると到着する。つまり、電話で簡単に道案内でき、来園者も迷いにくい。
D障害者トイレの設置
車椅子障害者外出時の最大の問題はトイレである。高速道路は50qおきに障害者用トイレがある。しかし、国道や一般道ではそうは行かない。つまり高速インターからイチゴ園までの移動時間が1時間以上であれば車椅子の方は敬遠されてしまう。E障害者に対する意識の変化 介護保険導入や「五体不満足」のベストセラー・障害者等へのボランティア活動の活発化によって障害者に対する偏見や差別意識が変わりつつある。このイチゴ園が社会に受け入れられる時期を迎えていたことも成功の要因であったと考えている。
8.広い視野で普及活動を
この農家にとって「バリアフリー」を選択することは大きな賭けであった。万一社会に受け入れられず敬遠されたら観光農園は失敗したであろう。
現在、私は休日を利用して特別養護老人ホームや障害者施設の慰問活動に参加している。ほとんどの方が車椅子や歩行器を使っておられる。また、施設の中で中高校生の介護研修が行われている風景をよく見かけた。一方、予定表には「○○小学校慰問」の文字が書かれていることもしばしばあった。
この活動を通じてバリアフリーの必要性や子供たちと障害者等の「心のバリアフリー」が進んでいることを改めて実感した。
平成12年7月2日 レポート提供 松井賢一
(更新) 平成14年3月上旬 現在「案内」と「マップ」